人狼ゲームでは往々にして「この人のせいで負けた」と認識される事態が起こる。
負けた責任のある人を戦犯と呼び、戦犯は誰かを問い合うことは戦犯探しと呼ばれ村によっては規制されている。
前提としてGENは戦犯というフレーズそのものが良い表現ではないと捉えている。
言葉の詳細は人狼ゲームとは直接的に無関係な為控えるが、気の知れた仲間内や自身で自虐的に使う場合などを除き原則非推奨ワードである。
置換表現として逆MVPはまだマシだと思っているので、以降「逆MVP」という表現で統一していく。
逆MVP探しの目的
ミス・失敗した人を晒す
逆MVPを晒し上げて「お前のせいで負けたのだ」と叩いて溜飲を下げる。
多くの逆MVP探しはこれに焦点が当たっている。村によっては逆MVP探しを禁止とするor荒らし扱いする所もある。
GENは晒し目的の逆MVP探しはNGという立場。
感想戦・反省会の一環
感想戦はお互いの良かった点や悪かった点の話題が出てくる。このときマイナスを指摘するかプラスを指摘するかは人によるが、村を続ける限りはどこかでマイナス面ーーーすなわちミスを指摘する場面がでてくる。
※これらの指摘は当人が気づいていない場合が基本である。ことマイナス面は当人が気づいているにも関わらずネチネチと指摘し続けるのはただの嫌味である。
ミスの指摘そのものは反省の種として有益だが、ミスの指摘に逆MVPという言葉を使うかは別問題。
ミスを指摘する際には逆MVPではなく、「こうすればより良かった」というニュアンスを含む表現にすると良い。
②「貴方のこの発言ですが、XXよりも○○の方がより信用を得られたかと思います」
どちらも欠点を指摘した表現だが、②の方が角が減り改善点まで指摘できていることがわかる。逆MVPといったある種直情的な言葉を避けつつ「より」というフレーズを混ぜ相手を一部肯定し棘を減らしている。
ミスを指摘する際は逆MVPどうこうよりも、内容を咀嚼し相手に不快感を与えにくい表現に終始する形を推奨する。
「逆MVP」という言葉ではただ叩くだけで終わってしまいがちだが、「次はこうするとより良い」という表現に置換するだけで良い感想戦の材料になる。
まとめとして逆MVP探しや「逆MVP」といった表現は非推奨だが、ミスの指摘+改善点の提案は悪いことではない。
付随して逆MVPという表現は自虐程度の使用にとどめることもおススメしておく。
なおこれ以外の感想戦の心がけとして初心者からパスを投げられるまでは指摘を待つことも重要。
GENもたまにやってしまうのだが、感想戦に熱中して「ここが良かった」「こうすればより良かった」を経験者中心に率先して話した結果、一部がついていけなくなり微妙な感想戦と化してしまった経験は意外に多い。
最初は初心者を中心に疑問・質問点・感想点を提出し、そこに経験者が補足していく---この形式であれば初心者にも有意義な感想戦になりやすいだろう。
ご存知なかったという読者の方はプレイヤー側からの初心者配慮のひとつとして頭の片隅に置いてておいていただけると幸いだ。
人狼放送における逆MVP探しについて
「こいつがいなければ勝っていた」
逆MVP呼ばわりコメントは多くの人狼放送に散見される。
しかしこんな時、当ブログをお読みの貴方は少し再考してほしい、本当にその人が逆MVPなのかどうかを。
ひとつ例をあげると、スリアロ村の「ごたんぢ劇場」がある(スリアロ村については過去記事にて詳細を述べている、「人狼スリアロチャンネル」の項を参照のこと)。
スリアロ村の看板プレイヤーの一人である五反地氏---彼は初期の放送で村人をひき、最終日の2択を外し敗北する。直前に村人の女流棋士・伊奈川から「一生のお願いです」とまで言われたものの「これで負けたら奢りますよ」とまで宣言した上で彼女に投票してしまった。
その後、このシーンは何度もオープニング映像で使用されることとなり五反地氏が最終日に決定権を持つ展開を「ごたんぢ劇場」と呼ぶようになった。
しかしGENはこの放送を見て五反地氏はそこまで逆MVPとは思えなかった。
最終日に村負けの決定打となる投票をしたので放送上はとても目立ったが、彼がその行動に至る過程を初日から振り返ると、決して村人として不自然な行為ではない。
彼を除く一部の村陣営の行動にミスリードする要因があったことは明らかである---少なくともGENにはそう映った。
GENが五反地氏の立場であっても最終日の投票を狼にできた自信は全くない(胸を張れることかは微妙であるが)。
この例に漏れず「最終日を間違えた人=逆MVP」とする風潮は一部で根強い。逆MVPコメや類似するバッシングコメが流れたときは本当にそのミスが原因なのか考えてみることをおススメする。
人の心を傷つけやすい荒い表現に終始するとただの罵り合いと化す怖さがあるのがこのゲーム---指摘そのものは是としても、言い方やタイミングで印象ががらりと変わります。対人ゲームが故の心遣いを大事にしたいものですね。
例えに出した「ごたんぢ劇場」はある種のいじりという認識です。そのものを否定する意図が全くございませんのでご理解の程よろしくお願い致します。
スリアロ村で頻出する「ごたんぢ劇場」だが、ごたんぢさんは決定打を打っただけでその過程は仲間のミスにある場合が多い。いながわさんの「一生のお願い」部分がOPで何度も流れた影響が大きい。そんな悲劇も含め「ごたんぢ劇場」。
— 人狼あるある&戦術BOT (@jinro_aruarubot) 2015年10月7日
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